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「普通」から距離を取り、自分の意思と志を持つ。人の価値を最大化させるために人事責任者がこだわり、徹するスタンス

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Mid-careerHRCulture
世界で戦えるプロフェッショナル集団を目指すReproの人事責任者・粟田。未完成のチームを率いながら、今日も高い志と目標を追い続ける。一見するとハードな日々を面白がれる原動力は何なのか。原点に立ち返りつつ、話を伺った。

人事の葛藤も含め、カオスな環境を面白がるスタンス

–現在担っている役職や業務内容を教えてください。

デジタルマーケティング市場に挑戦するReproにおいて、世界に挑むプロフェッショナル集団を作り上げていくために人事責任者として人事業務に取り組んでいます。

主に採用・制度企画に関わっていて、簡単に言えば人事業務の攻め部分を担っているイメージです。一方で、労務や給与計算などに関わる業務は管理部が担っています。

–どんなメンバーと働いているのですか。

体制としては、主には正社員2名で業務を進めながら、5名の業務委託・アルバイトメンバーにも部分的に手伝っていただいています。僕と一緒に働いている正社員メンバーは僕よりも長くReproに在籍していて、Reproへの愛情やこの会社をよくしたいという想いを人一倍強く感じます。僕は責任者として会社やチームの未来について話す場面があるんですが、そこに対して地に足をつけてひとつひとつ着地させていってくれるのでいつも頼りになる存在です。

そのほか業務委託・アルバイトメンバーには、媒体の管理やスカウト業務等を担ってもらっています。入社して数ヶ月目のメンバーもいるんですが、スタートアップらしいスピードや柔軟さを求められる場面が多い中でも求められてる仕事の水準に対してしっかりとミートしていこうとする姿勢が感じらます。話していて改めて思いますが、頼もしいメンバーが揃っていますね。

–今、Reproで人事業務に携わることのやりがい・大変さについて、両面から伺えますか。

客観的に見れば「大変さ」として目に映るかもしれない点でいうと、Reproの人事部はまさにこれから作っていくフェーズで解くべき課題はたくさんあります。チャレンジングな採用、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)浸透、人事制度の運用、リモートワーク、新しい当たり前の世界におけるチーム作りなど。

ただ、僕はこれをあまり「大変さ」という見方では捉えていません。自ら計画・実行することでどんどん組織を変えていける機会があると思えばかなり面白くないですか。

裁量権を持って、世界に挑むプロフェッショナル集団を作るための仲間づくりに取り組む日々はとてもワクワクしますよ。

–「カオス」とも表現されるスタートアップ、部署立ち上げ時期において、その環境を面白がれるのはなぜでしょうか。

改めて考えると、どうだろう…。働く上で「全部自分のこととして扱うこと」を意識しているのは影響しているかもしれないですね。これは言い換えると、どんなことに対しても当事者意識を持ち、自分の意見を持って働くということです。

例えば自分以外の誰かが決めたこと、不意に頼まれたことだとしても、前提の情報を鵜呑みにして着手するのではなく、一度自分の頭で考えるんです。そのために方向性の異なる意見の両方を聞き、その上で自分のスタンスを決めます。そして、自分自身で意思決定をする。

100人以上の組織で人事が「これは、◯さんの意向なので」と言い始めたらダメじゃないですか。そこから成長機会が無くなりますから。

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–ご自身の「軸」を持っているのですね。

とは言いつつも、もちろんこれだけの人数が集まった組織なので今の自分には理解しづらいことや歯がゆい部分はあります。正直…人事ならではの葛藤や不安もあるんです。前職も含め、これまでの人事業務経験を振り返ると、いろんなことがありました。

わかりやすいところで言えば、日々のオペレーションに忙殺されてレバレッジが効く重要なことに着手できず日々が過ぎていく虚しさとか、それでも目の前のことをやったほうが目先の結果、目の前の人の感謝には繋がって嬉しい部分もあるんだよな、とか。

Reproではチームに恵まれましたが、もっと少人数のスタートアップ組織で人事をやったこともあるのでこういったことはよくわかります。

それでも…色々あってもやっぱり思うんです。組織を動かしているのは「人」だ、と。その「人」の価値を最大化させるために妥協せず取り組んでいきたい、と。

志の原点。勉強ができることとモノが作れることは違った

–主体的なスタンスで意思決定をする。これまで磨いてきた軸のひとつだと思いますが、いつから意識されているのですか。

振り返ると、最初のきっかけは小学生の頃ですかね。当時ちょっとやんちゃな子供で、家族に迷惑をかけてしまったことを反省し、両親から見て“いい子”になろうと意識して過ごしていた時期があったんです。ある時そういう気持ちで過ごしているのだと両親に話したところ、 「誰も(両親から見た)“いい子”になってほしいなんて言ってないだろ」 と言われました。

全くその通りです。当時の僕が“いい子”にならなければ…と思い込んでいただけ。無意識に自分に対する期待値を設定し、縛られていたんです。

その後、父親から「自分で考えろ」と声をかけられるたびに考える癖がついていったような気がします。その過程の中で、一般的な常識だと言われるものごとを鵜呑みにするのではなく…いわゆる「普通」から距離をとって自分の頭で考えるようになりました。

その習慣が影響していたかはわかりませんが、塾に行かずとも学校では250位中上位数%に居続けられるくらいの成績は残すことができ、その後の進路も自分が選ぶ側として色々な可能性を考えることができました。成績がいい人の多くにとっては県内トップの進学校へいくのが普通だった中、僕は理系の高専へ進学。ここでも「成績がいい人は進学校へいくのが普通」という目に見えない期待値はあったと思いますが、もう自然と気にしなくなっていました。

この高専時代に今思えば転機と言える経験を経て、僕がやりたいのは「技術を作る人と世の中のブリッジになること」だと腹落ちしたんです。

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–技術を作る人と世の中のブリッジに…。当時何があったんですか。

高専に進学してからもトップの成績を取れたんですが、在学中の出会いから「勉強ができることとモノが作れることは違うんだな」と気づかされたんです。当時、高専5年生。卒業研究に取り組んでいた時の話です。

僕はある2個上の先輩と同じ対象を扱う研究をしていました。隣で作業していた先輩の手元を覗くと、電気回路の設計に取り組んでいました。ここで驚いたのが、先輩は教科書に出てこないようなものを自ら作ってたんです。僕からすると構造は理解できるんですが、なぜこの状況でその発想になるのかは理解できませんでした。なんでそんな発想になるのかなと思ったら、先輩は本当に「好き」だったんです。モノを作ることが。

それをみて、 「これが『好き』の力か…。本当に好きな人はアウトプットが全然違うな」と思ったと同時に、「勉強ができることとモノが作れることは違う。この人たちには敵わないな…」 と思いました。

それを機に自分がエンジニアとしてモノを作る人を志すのではなく、エンジニアと一緒に仕事ができる人物になって自分も技術とは違う領域で何かを作りたいと考えるようになりました。それが自分にとっての「好き」だと考えたからです。その結果、ビジネスと英語を学ぶ必要性を感じ、オーストラリアへ。現地ではクイーンズランド大学で主にデータベース設計やシステム開発の基礎を学び、より深くマーケティングを学ぶために大学院に進学してIntegrated Marketing Communication(IMC)を専攻しました。

–ものづくりを起点にデータ・システムを学んだ後、なぜマーケティングに興味を持ったのですか。

この頃から少しずつ自分の軸が言語化され始めたんですが、僕は「価値を最大化させること」をしたかったんです。というのも、僕はこれまでに暮らしや未来をよくする可能性を持ったプロダクトや情熱を持ってエンジニアが作り上げたモノの価値をたくさん目にしてきました。一方で、その価値が十分に伝わっていない状況、届くべき人に届いていない実態も見てきました。その状況を打開して価値を最大化させるためには、届きべきものと届きべき人の間の溝を埋めきれていないことが多いプロダクトや技術を作る人と世の中を結ぶブリッジになることが必要だと思ったんです。そこで学び始めたのがマーケティングでした。

大学院を卒業後、オーストラリアではWeb系のベンチャー企業で働き、起業にも挑戦しました。

–先ほど、「人の価値を最大化させる」ことを軸に持っていると伺いました。「人」の価値や可能性に対してより意識が向くようになったのはいつ頃からですか。

起業した会社の経営がうまくいかず、30歳を迎える節目のタイミングで帰国してからですね。起業に失敗したくそしょぼい自分を受け止めつつ、もう一度個としてのスキルを磨きたいと思っていたところ、ヘッドハンターの仕事と出会いました。日本のハイクラス層のキャリア支援に特化した人材紹介会社で、求職者と求人企業の両方をサポートする仕事です。その頃、改めて自分を磨き直すために「すば抜けた能力や実績をもつバケモノと働きたい」と口にしていた自分にとってはまさに望んでいた仕事でした。HR領域に触れたのは、この時が最初。真剣に「採用」「人」と向き合うほどに、人の可能性を感じました。

今振り返っても、この仕事は面白かったですね。一生できる仕事だったと思います。

–そのままその会社に残る選択肢も十分にあったと思いますが、事業会社へ転職されていますね。

これが転職の理由というわけではないですが、当時「エージェントという働き方は(良くも悪くも)遠いな」と感じたんです。喜びからも、苦しみからも。

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例えば辞退連絡を受ける時、採用が決まった時、一番近くでその喜びや苦しみを受け止めているのは事業会社の人事担当ですよね。エージェントとして働くことでできることも感じられることも、どうしても限られる。

この時、客観的に自分の働き方を見直してみると、「成果を出せて、人ともうまく付き合えて…要は自分が“いい感じ”になれるところを意図的に選んでるんじゃないか」と気づいたんです。僕は怠け者だから、本当はそういう環境にいたらダメなんですよ。

人の価値を最大化させられるようになるためには、酸いも甘いも知らないと人を受け止められないですから。

現場が求める「道具」を用意する。目指す組織の一体感

–技術系のベンチャー企業で人事を経験された後、Reproへ入社したと伺いました。当時、Repro入社の決め手になったのは何ですか。

一言で言うと、「日本にいながら技術力が競争優位性のコアであるグローバルな組織、世界で戦える会社を作りたい」という夢の続きを追うことができる環境があると感じたからです。

というのも、僕は確かな技術力を持ち、それでいて失敗を恐れずに挑戦を続けている集団が好きなんですが、前職はまさにそういう会社でした。その会社では言葉の壁を越えて技術力の高い外国人人材を採用できたことが今でも印象に残っていて、次第にもっと幅広く、そして深く、組織作りに取り組みたいと思うようになりました。

そこでReproと知り合って、これからグローバルを攻める組織として国籍にこだわらず強力なエンジニアを採用し、社内体制を整えていくところだと聞き、興味を持ちました。(入社意思決定してから入社までの間に大幅な計画変更があり、外国人採用が完全にストップしてしまいましたが、、)

–入社後、新型コロナウイルスの流行がありました。外国人人材の採用は動きづらい環境になってしまったと思いますが、突然の事態をどう受け止めましたか。

言葉では「来たるべきタイミングに備えて、今は他にできることをやります」と言えますが、心の中は複雑でした。正直、最初はすぐに切り替えられた訳でもないし、入り方がすごく難しかったですね。不安や不満を抱えながら仕事に向かう時期もありました。

そんな自分が少しずつ、真剣にReproと向き合えるようになったのは代表の平田との面談をきっかけでした。平田は日頃から「目の前の人との関係構築を大事にする」と口にしているんですが、本音でお互いに話すことができていい時間でした。

–どんなことを話したのですか。

平田が「そもそも、何がやりたいの?」と聞いてくれたんです。僕が「組織を作りたい」と話すと、「やればいいじゃん」と。

他にも話したことは色々ありましたが、一番覚えているのはこの一言。その会話の中で、意見を言える会議に出ているし会って話せる場所に経営陣がいるにも関わらず何も言ってこなかった自分…何も言わないのに不安や不満を抱えているだけの自分がいることに気づかされたんです。

十分なコミュニケーションを取らず、自分が見ている世界の中だけで判断してモヤモヤするなんて、ビジネスマンとして甘すぎますよね。新卒レベルです。

awata4 今思えば、当時はぼちぼちの結果で満足してしまうようなダサいマインドになっていました。不安を振り切ってオーストラリアへ渡った大学生、死ぬ思いでキャリアをスタートさせた社会人一年目、起業・経営に失敗した時…それぞれのタイミングで固めたはずの決意が緩んでしまっていたんです。そこに気づいたことで、改めて自分がやるべきことを考え直す転機になりました。

–入社後、経営陣と近い距離で働いていると思います。粟田さんからみて、Reproの経営陣はどういう方々ですか。

言葉を選ばずにいうと、「すごくて、キャラの違う兄貴たち」という感じ。人事領域の意思決定を行う週次会議で定期的に顔を合わせるんですが、親近感があって、話を真剣に聞いてくれて、それぞれにキャラと強みを持った頼もしい人たちです。

この経営陣がいるからこそ、僕は自分の、部署のビジョンを安心して描けるし、思い切りのよいスタンスで言いたいことも言えるんじゃないかなと思っています。

–Reproは世界で戦えるプロフェッショナル集団を目指していますが、今後どのような変化、成長を求められると思いますか。

繰り返しになりますが、組織を動かしているのは「人」です。その人がよくならないと会社もよくならないし、目標に近づくこともできません。じゃあ、その人をよくするために今後僕たちは何ができるのか。

そう考えると、これは僕なりの表現なんですが、今後の人事はメンバーが事業遂行のために必要とする「道具」を作るような存在になれたらいいんじゃないかと思っています。

現場の一次情報を元に、フラットに採用市場と情勢を見つつ、いろんな道具を揃えるのが僕たちの役目。そして、その道具を思いっきり使ってもらうのが現場。そんな一体感のある関係性を築いていければもっと本質的な人づくり、組織づくりに取り組むことができ、目標への推進力を生み出すことができると思います。

その結果、より多くのメンバーが世界を目指すビジョンから逆算した言動・行動をしやすくなったり、そういった人材の採用、定着、活躍支援ができる会社にもなっていけるはずです。

もっというと、会社の中長期的な成長には「安定した人事機能」が必要不可欠だと思っています。8月からの半年間は一切手を抜かずに責任者の役目を努めてきましたが、より高みを目指そうとしたときに自分の能力では及ばないところがあることに気づいた期間でもありました。

Reproがもっと上を目指すならば、人事領域で経験豊富な方の力が必要です。具体的には僕のような攻めが強い人物だけではなく、組織運用経験が豊富な方も必要になるでしょう。もし世界を目指すReproを一緒に作っていきたいと思ってもらえる方がいれば、自分の代わりに人事責任者を担っていただきたいと思っています。

–Reproとともに高い目標に向かう姿勢と熱が伝わってきます。少し意地悪な質問になりますが、そこまでコミットしているReproがもしも急に事業をピボットするとしたら、粟田さんはどうしますか。

気持ちは変わりませんね。それでもReproで働くと思います。なぜなら、僕がReproにいる理由は事業内容でもなければ給料の金額でもなく、平田が語る「存在理由」にあるからです。

「デジタルマーケティング市場で日本発のグローバル企業になる。Reproがこの困難な目標を達成することで、志の高い目標を当たり前のように掲げられる世の中にしたい」 このメッセージに強く共感していて、自分自身のミッションでもあると感じています。

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–最後に伺います。個人として実現したい人生のイメージ、ビジョンはありますか。

おもしろオジサンになりたいですね。あえて言語化するとしたら、陽気で、あったかくて、人が会いに行きたくなるようなオジサン。周りに「あの人と話すとなぜか元気になるんだよなあ」と言われる人っていませんか。あんな感じです。

質問いただいたようなテーマに関しては僕自身も色々と考えるんですが、僕にとっての最大の報酬は「人の笑顔」なんです。人事業務で例えるとすれば評価制度を入れることで仕組み的に人を笑顔にすることもができるし、人事業務と直接関係しないところでも個人としても会話しながら目の前の人が笑顔になれる機会を作ることもできる。僕にとってはどっちでもいいんですが、仕事、趣味関係なく、いろんな人と関わり、多くの人を笑顔にしたいと思っているんです。

将来は、辺鄙なところにいたとしても多くの人を笑顔にできるくらいになりたいですね。例えば将来オーストラリアの田舎で牧場経営をしながら暮らしたいと思っているんですが、オーストラリアの田舎なんて日本からすれば辺鄙なところだと思われるでしょう。それでも会いにいきたくなるような人物、会いに来てくれた人を勇気付けられたりその人の価値を最大化させるための支えになれるような人物になるために、今はビジネスも趣味もどんどん自分のものにしていきたいと考えて取り組んでいます。

こうして話をしていると、やっぱり思いますね。人の価値を最大化させることが僕のミッションだな、と。

企画・取材・執筆=山崎 貴大
撮影 = 賀谷 友紀

2021.02.15
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